【小説】真っ黒なスカビオサ

 しろうさぎの村に、いっぴきのくろうさぎが生まれました。「呪いの子じゃ」しろうさぎのおばあさんはそういうと、生まれたばかりのくろうさぎを、村の片隅にある薄暗い小屋の中に閉じ込めるようみなにいいました。

 なので、くろうさぎは、大きくなった今も、小屋の中しか知りません。

 

 くろうさぎはやることがないので、毎晩毎晩お花を摘んできては、髪飾りを作っていました。

ある晩、やぐるま草を一輪添えた、大ぶりな髪飾りを作っていると、小屋の外から「すみません」と小さな声がします。

 くろうさぎはドキリとしました。くろうさぎは、他のうさぎとほとんど話したことがないからです。くろうさぎは作り終えたばかりの髪飾りをそっと置くと、小屋の出入り口に近づきました。

「すみません」

もういちど外から小さな声がします。

「どうしましたか?」

 くろうさぎが扉ごしに返事をすると、

「しろうさぎのネモといいます。村に帰る途中に日が暮れてしまいました。どうか一晩泊めてもらえないでしょうか。」

ネモと名乗るしろうさぎは言います。

 くろうさぎは迷いました。しろうさぎを小屋に入れるとおばあさんうさぎに怒られてしまうかもしれないし、しろうさぎのネモにも迷惑がかかるかもしれません。

「あたりがどんどん暗くなっています。オオカミの声も聞こえます。どうか一晩泊めていただけないでしょうか。」

ネモと名乗るしろうさぎはさらに続けます。

 たしかに、あかりのない小屋の中はだんだんものがよく見えなくなってきていますし、オオカミの遠吠えも聞こえてきます。くろうさぎは、少し困った顔をしながら、扉を開けました。

「ありがとうございます」

そこには、まんまるな目でふわふわの毛をした、とても愛くるしいしろうさぎがいました。

 

 

 

 

 ふたりは、小屋の真ん中に並んで座ると、無言でお互いを見ていました。

「ありがとうございます。わたしはしろうさぎのネモ、あなたは?」

しろうさぎのネモが口を開きました。しかし、ネモのその言葉に、くろうさぎは困ってしまいました。なぜなら、くろうさぎはうまれたときからずっとくろうさぎで、名前なんて考えたこともなかったからです。

くろうさぎが黙っていると、

「あなたってスカビオサの花みたいに真っ黒ね」

とネモが言いました。

「スカビオって呼んでもいい?」

ネモは言いました。

 くろうさぎは、少し嬉しい気持ちがしていましたが、そう伝えるのが恥ずかしくて、やっぱり黙っていました。

 

 

 

 

「ネモは、どうしてネモって名前なの?」

唐突に、くろうさぎは聞きました。

「おかあさんがネモフィラの花が好きで、そこからとったらしいわ」

ネモは答えました。

「スカビオはどうしてこんなところで一人で暮らしているの?」

ネモは聞きました。

 くろうさぎは、自分がくろうさぎとして生まれたこと、そのせいで呪いの子と呼ばれていること、だからひとりで暮らしていることなどをぽつりぽつりと話しました。ネモは、村の仲間から外れているくろうさぎに驚き、村の様子や、自分の家族の話をしてくれました。

 くろうさぎは村の話や普通の暮らしを知らなかったので、ネモの話をとてもわくわくしながら聞いていました。ネモはネモで、くろうさぎが自分の話を楽しそうに聞いてくれるのを、少し嬉しく思っていました。

結局、ふたりは一晩中おしゃべりをしていました。

 

 

 

 

 翌朝、ネモはくろうさぎが焼いたサクサクのマフィンを食べると、ありがとうと言って帰っていきました。ネモが帰ってから、くろうさぎはネモのことを考えていました。

 余ったマフィンをお昼に食べている時も、小屋の前の畑の草むしりをしている時も、夕ごはんの支度をしている間も、ずっとネモのことを考えていました。ネモのことを考えると、なんだか胸のあたりがあたたかくなるような気がしました。夕ご飯の支度を終え、くろうさぎが寝床で横になっていると、「すみません」と、外から声がします。

 くろうさぎは、表にかけだしたいような気持ちでしたが、ネモがびっくりするかもしれないと思い、深呼吸をしてそっとドアを開けました。

「どうしたの?」

くろうさぎが聞くと、

「昨日のお礼を持ってきたの」

ネモがキラキラした瞳で答えます。

 ふたりは、ネモが持ってきたアップルパイを食べながら、ずっとおしゃべりをしていました。

 

 

 

 

 それから、毎晩毎晩、ネモはスカビオのところを訪ね、スカビオは毎晩毎晩素敵な気持ちでそれを待っていました。

 ある晩、ふたりが髪飾りを作りながら過ごしていると、

「わたし、結婚を申し込まれたの」

と、ネモがいいました。

スカビオは、少し心がチクリとしましたが、

「へぇ」

といい、

「結婚するの?」

と、答えました。

「わからないわ」

と、ネモが答えると、

「そっか」

と、スカビオは少し微笑んで、ふたりはまたいつも通りに一緒に過ごしました。

 ネモが帰ったあと、どうして心がチクチクするのかスカビオは考えてみましたが、途中でどうしようもないことだと気づいてやめました。だってスカビオは呪いのくろうさぎなのですから。

 

 

 

 

 それから、ネモは結婚を申し込んでくる村のしろうさぎの話をたまにするようになりました。スカビオは、そのたびにネモがする話をとても楽しそうに聞いていました

「スカビオに話を聞いてもらっていたら、しろうさぎのことが好きになってきたかもしれないな」

ある日、ネモは言いました。

スカビオの心はチクチクしていましたが、しょうがありません。だって、スカビオは呪いのくろうさぎなんですもの。

 

 

 

 

「もしもネモが結婚するなら」

スカビオは言います。

「結婚式の髪飾りは、僕が作りたいな」

 

 

 

それから、ふたりでずっと一緒に結婚式の準備をしていました。

 

 

 

 

 結婚式の朝、スカビオはそわそわして、小屋の中を歩き回っていました。スカビオは、ネモの結婚式を一目みようかとも思ったのですが、ネモの花嫁姿を想像すると、やっぱり心がチクリとするのと、呪いの子が結婚式に近づいたら迷惑だろうな、と考えてやめることにしました。

それでも、スカビオサや、アネモネや、ラナンキュラスや、かすみそうや、そしてネモフィラの花を色とりどりにまとめたブーケを、スカビオは作ってしまいました。

 スカビオがブーケをしばらく見つめていましたが、紐をほどくためにブーケに手を伸ばしました。その瞬間、村の方から鐘の音が聞こえてきました。結婚式がはじまるのです。

その瞬間、スカビオは村の方へかけだしました。最後に、ネモの美しい美しい姿を見たいと思ったからです。

 

 

 

 

 スカビオは、そっと村に忍びこむと、広場に近づき、結婚式の様子を遠くから伺いました。ネモは、知らないしろうさぎの横に座って、とても嬉しそうにニコニコしています。

 それをみた瞬間、スカビオは、いてもたってもいられなくなり、ブーケの紐をほどき、空に向かって投げつけました。

 すると、バラバラになったブーケが風に煽られ、色とりどりの花びらがネモの方へ飛んでいきました。

 結婚式の参列者たちは、

「まぁ綺麗」

「神様が祝福しているのかしら」

と、口々に感動の言葉を漏らしました。

ネモは、ハッとした顔であたりを見渡すと、こちらを見つめるスカビオを見つけました。青くて小さな花を散りばめた髪飾りをつけたネモは、スカビオがこれまでみてきた中で一番美しいネモでした。何かをやり遂げた顔をしたスカビオは、ネモがこれまでみてきた中で一番優しい顔をしたスカビオでした。

 ふたりはしばらく見つめ合うと、優しく微笑み、そっと目線を外しました。

 

 

 

 

 そのまま、スカビオは駆け出しました。誰もいない遠くへ行ってみたかったからです。スカビオは、三日三晩駆け抜けました。そして、どこだかわからない、全然知らない街に辿り着きました。

「あなたはだれですか?」

 スカビオがきょろきょろあたりを眺めていると、茶色のぶちうさぎが声をかけてきました。

「僕の名前は、スカビオです」

 くろうさぎは、胸を張ってそういうと、その場で大きくジャンプをし、色とりどりのうさぎたちの住む街へ入っていきました。