ある寒い冬の夜、サンタクロースは世界中の子供たちにプレゼントを配って回っていました。
サンタクロースが道端で、次に訪ねる家の場所を確かめていると、おまわりさんに声をかけられました。
「そこのきみ、なにをしているのかね」
サンタクロースは正体を知られるわけにはいきません。
「ええ、わたしは仕事が終わったところでね、今家にかえってるんですよ」
そういってごまかしました。
「ほんとうかね?」
おまわりさんは疑わしそうにおじいさんを見つめています。
「ちょっと一緒に来ていただけるかな」
サンタクロースは、おまわりさんについていくことにしました。
「さむいですなぁ」
みちすがら、サンタクロースはおまわりさんにはなしかけます。
「そうだな」
おまわりさんは、ぶっきらぼうに答えます。
「警察になるのは昔からの夢だったのですか?」
サンタクロースはおまわりさんに尋ねます。
「そうだ」
おまわりさんはぶっきらぼうに答えます。
「そうですか、そうですか」
サンタクロースはニコニコしています。
「おまわりさんの名前は、ユウジですか?」
サンタクロースは尋ねます。
「どうしてわかったんだね」
おまわりさんはびっくりして言いました。
「なんとなく、そんな気がしただけですよ」
サンタクロースはニコニコしながら答えました。
「ここに座りなさい」
おまわりさんは交番におじいさんを連れてくると、椅子に座らせました。
「名前は、なんというのかね」
おまわりさんは聞きます。
「ニコラスといいます」
サンタクロースは答えます。
「どこに住んでいるのかね」
おまわりさんはまた聞きます。
「寒いところです」
サンタクロースはまた答えます。
「ガシャーン」
そのときです、外から大きな物音がしました。
「そこでまっていなさい」
おまわりさんはそういうと、あわてて外にかけ出しました。
サンタクロースは、さて、と小さく呟くと、指を鳴らして手錠を外してしまいました。そのまま、裏口のほうへぬきあし、さしあしで向かいます。
しかし、ふと何かに目をやると、サンタクロースは立ち止まってしまいました。
「ケン」
交番の裏側には牢屋がありました。そして、いったい何をしてしまったのでしょう、その中には昔野球が大好きだったケンがいたのでした。
「ケン」
サンタクロースはもう一度小さくケンの名前を呼びました。しかし、ひげ面のケンはグゥグゥいびきをたてて眠っています。
ケンは冷たいコンクリートの床に、薄い毛布一枚で、とても寒そうです。サンタクロースは、どうしても黙って通り過ぎることができませんでした。
「パチン」
サンタクロースは、指を鳴らすとふかふかの布団を出し、ケンにそっとかけてやりました。
「メリークリスマス」
サンタクロースは悲しそうにそう呟くと、ケンの頭をそっと撫でました。
サンタクロースは改めて裏口から交番を出ると、そそくさと夜道をいそぎました。ケンのことが頭から離れず、ずっと暗い気持ちでいました。サンタクロースは、次のユカちゃんの家を探していました。すると、近くから人の気配がします。よく見ると、暗がりであたりをキョロキョロと見まわしている男がいます。誰でしょうか、そう、泥棒です。
サンタクロースは面倒なことになったな、と思いながら、泥棒に近づきました。すると、泥棒もサンタクロースの気配に気づいて後ろを振り向きました。
泥棒は一瞬驚いた顔をしましたが、顔を引き締めると、サンタクロースを睨みつけました。
「やめるんだ」
サンタクロースは静かにいいます。
「うるさい、あっちへいけ」
泥棒は答えます。
「きみはまだ引き返せる、やめるんだ」
「うるさい、うるさい、あっちへ行かないと、どうなってもしらないぞ」
泥棒は声を荒げます。
「やめるんだ」
サンタクロースは泥棒の目を見つめて静かにいいます。
そういうと、泥棒は懐から刃物を取り出しました。
その瞬間、サンタクロースは力いっぱい泥棒をひっぱたきました。
「やめるんだ、タケル。」
そういって、ボロボロ涙を流しながら、もう一度弱々しくタケルを叩きました。
「きみは昔、とてもやさしかった。みんなみんな、やさしいタケルのことが大好きだった。」
そういうとサンタクロースは暗闇に消えていきました。
タケルは、なぜだかとても悲しい気持ちになって、わんわん泣き出しました。わんわん泣きながら、うちへ帰りました。
翌朝、ケンは不思議な気分で目覚めました。変な夢を見たからです。ケンは子供に戻っていました。子供に戻ったケンは、保育園で遊んでいました。保育士さんは優しくケンに絵本を読んでくれます。みんなで楽しく歌を歌いました。それから、お昼寝をして、おやつを食べました。そのままお母さんが迎えにくるのを待っていると、ふとケンは自分が大人であることに気づきました。ごめんなさい、そう思うとケンは目を覚ましました。目覚めると、涙が流れたあとがありました。
サンタクロースは、年に一度の仕事を終えると、自分の家に戻り、この世界のすべての子どもたちの幸せを祈りました。そして、すべてのかつて子どもだった人たちの幸せを祈りました。
「メリークリスマス」
そういうと、サンタクロースは指を二回ならし、少し笑いながらベッドに横になりました。