家①

 私は自分には家というものがないと思っている。幼少期から引っ越しを繰り返し、人生で実家が10回くらい変わった。今現在両親が住んでおり、年末などに帰る家はあるが、3年程度しか住んでおらず定住しているわけでもないので実家という感覚はない。

 母親は3回、2人と結婚をした。私が大学二年の時母は実父と再婚し、3年程度で離婚した。その再婚にあたり、私が小中学校を過ごした家に再び一家で戻り、1、2年程度実の家族が再結成された。父母は、過干渉で支配したがりな母親&他人に無関心な父親というテンプレ的メンヘラ夫婦で、再婚(の前後)は異様に父母が仲良くなり、離婚が近づくと母から父へのヘイトを聞かされるという、やはりメンヘラなカップルであった。

 これは個人的な見解なのだが、バランスのよくない3人組は、リーダーと、サブとスケープゴートで構成されるように思う。幼少期、私は母親から父の悪口を聞かされて育った。未だに私が男性が苦手で、自分の性自認すらあやふやなのはこのあたりに原因がある気がしているのだが、それはそれでいつか書いてみたい。とにかく、父と母が仲良くない時期は母&私vs父という構図ができており、逆に父母がハネムーン期の間は私が邪険に扱われるという状況になっていた。そして、家族の再結成時、ハネムーン期だった父母にはやはりスケープゴートが必要で、妹がそれに選ばれた(私は大学進学のため下宿をしていた)。

 元々面白おかしな父母に育てられて面白おかしなメンタルを持ち合わせているわが兄妹だが、母からの理不尽な締め付け&父からのキャバクラ的接待の要求により、日に日に妹は擦り減っていた。毎週末、私は下宿先から実家へ帰り、不器用ながら、「助けようとしないでいいから」と妹に怒鳴られながら、家族のPKO活動を行っていた。しかし、やはりバランスのよくない関係には限界が来るもので、とうとう妹はなにもできなくなり、ほぼ活動停止のような状況に陥ってしまった。ある日、きっかけは忘れたが父が妹を怒鳴りつけ、それ自体はしばしばあることだったのだが、その日は度が過ぎており妹は過呼吸を起こしてしまった。過呼吸を起こしてもなお父は妹に怒鳴りつづけ、母は母で妹に向かって罵声を浴びせ、より一層妹の過呼吸が悪化するというまぁまぁの地獄絵図がそこにはあった。私は台所から包丁をもってくるところを脳内でシミュレーションし、実行できずにいた。どうやってその場が終わったのかははっきりと覚えていないが、とにかく解散となり、ひとしきり泣いた後で二人で深夜の公園へゆき(妹は喫煙者だ)、とりあえず実家を脱出しようという話になった。ゆくところなどないので私の下宿先に2人で暮らすというしょうもない選択肢しかなかったのだが、とりあえず現状から一時的にでも逃げ出す必要があるということで、とにかく実家から脱出した。案外息子の下宿先というのは盲点だったのか、妹の携帯には毎日連絡が来る一方、私への連絡は数回くらいで「妹とは連絡が取れていない」という私の言葉を両親は信じて疑っていなかった。しかし、一人分の仕送りで二人分の食費、光熱費、妹の交通費(妹のバイト先は下宿先と大分距離があった、また妹は大学へかろうじて取れそうな単位を拾いに行っていたように思う)を賄うのは二人のバイト代を合わせてもかなり苦しく、一月弱の逃避行は今思えば相当ギリギリであった(火垂るの墓並みの無計画さと心細さがあった)。妹はバイトを終えると終電で帰って来、下宿先から最寄り駅まで徒歩一時間程度あるので真冬の深夜の田舎道を二人で歩いて帰っていたのを覚えている。ある時、給料日直前だったので100円すら気安く使えないような日があり、妹が仕事帰りにロッテのアーモンドチョコを買っていたのを注意してしまったことがあった。言いながら、この程度の精神的、金銭的ゆとりも今はないのかと気づいてしまい、また、同時にこの暮らしの先が見えないことを改めて突き付けらた気もして、帰る場所がなく頼る人もいないという絶対的不安を嚙み締めていた。

 結局、経済的にも時間的にもこの暮らしを続けるのは無理だということになって、妹が実家を離れて暮らすことができるようにするという話で両親と手を打ち、ささやかな家出は終わりを告げた。しかし、約束など守るわけがないのがわが父母で、今思えば部屋の契約くらいはしてから妹を帰らせるべきだったのだが、そんなことも予想できなくなる程度には私も妹も限界が来ていた。なんやかんやで話をはぐらかされ、元の生活に戻ってしまった。年度が明けて私が進級をしたころ、私は学校を辞める決意をした。元々妹に比べ教育へのリソースを随分多く割かれているという負い目があったのもあり、学校を辞め働いて妹を卒業させることで借りを返そうと思ったのだ。大学の同期と一緒に卒業する未来と、妹の幸せを天秤にかけ、当然ながら妹の幸せを選んだ。そのこと自体に後悔はない。しかし、やはり絶対的なものだと思っていた将来を一瞬でも相対化してしまうと、世界がぐらついてしまう。私が大学を辞め働くことに妹は同意してくれず(当たり前だ)、なんやかんや大学に残ってしまうというとてもみっともないことをしたのだが、その後別の原因で長期の休学をしてしまう。一度将来を捨てる覚悟を決めてしまうと、休学へのハードルなどとても低いものになってしまう。

(続)