【小説】あさこ

 あさこは、三兄弟のおねえちゃんでした。

 あさこには、お父さんと、お母さんと、弟と、妹がいます。あさこと弟は、同じ小学校に通っています。妹は、まだ保育園に行くような年でした。

 あさこは、家族の誰にも言えないことがありました。実は、夕ご飯の時間に、テレビで野球を見るのが嫌いなのです。つまらないし、うるさいし、おしゃべりもできないので、野球中継をやっている日は、頭の中で考え事をしていました。

 今日は、お金持ちの夫婦の娘になる想像をしていました。もしあさこが、子供がいない夫婦のところに引き取られることになったとしたら。

 まず、きっと自分の部屋があります。あさこは家族が多いので、自分の部屋がありません。寝るときは、布団を敷いてみんなで同じ部屋で寝ます。しかし、その夫婦は大きなおうちに住んでいるので、自分だけの部屋が用意してあり、ベッドで寝ることができます。

 次に、ピアノを習うことができます。あさこはピアノを習いたかったのですが、家にピアノがないのでピアノ教室に通うことをお母さんが許してくれませんでした。しかし、そのおうちには大きなグランドピアノがあり、あさこが練習している姿を夫婦揃って見守っていてくれます。

「あさこ、早くごはん食べちゃいな」

 ここまで想像したところで、現実のお母さんに呼び止められました。今日は、あさこが嫌いな大根の煮物がおかずだったので、ついつい箸が止まっていました。

「はぁい」

 あさこはそう言うと、黙々と大根を食べました。続きは寝る前に考えることにします。

 

「おやすみなさい」

電気を消して、お父さんがそう言うと、みんな口々に「おやすみなさい」と言って目を閉じました。しかし、あさこはなかなか眠れません。そこで、お金持ちの夫婦に引き取られる想像の、続きを考えました。

 その夫婦には、甥っ子と姪っ子がいました。つまり、あさこの義理のいとこにあたります。そのいとこたちはたまに遊びにやってきます。女の子はサラという名前で、名前のとおりさらさらの髪の毛とそばかすがあります。サラとあつこはとても仲良しになって、二人だけでよく遊ぶようになりました。

 サラにはお兄ちゃんがいる、というところまで考えて、あさこは想像をやめました。お兄ちゃんの名前が思い浮かばなかったからです。少しあさこより背の高い、指の細いお兄ちゃんのことを考えているうち、あさこは眠りに落ちました。

 

 翌朝、あさこが目を覚ますと家の中が慌ただしくなっていました。妹と弟が高熱をだしてしまったのです。こんな時にお父さんは出張なので、お母さんが病院に連れていくことになり、あさこは親せきの家に預けられることになりました。

 親戚のおじさんとおばさんはいい人で、たまに会うとあさこを可愛がってくれます。今日も、突然押しかけることになったのに、「よくきたね、」といってお菓子とお茶を振舞ってくれました。

 おじさんとおばさんの家には高校生の一人息子がいます。無口で、真顔で、何を考えているのかわかりません。あさこは、少し怖いと思ってしまいました。

 ケンジというその息子はゲームを触らせてくれましたが、遊び方がよくわからず、かといってそれをケンジに聞くのも怖かったので、少し遊んでやめてしまいました。

 それから、なにをしていても、出前のお寿司を食べさせてもらっても、あさこは悲しくなっていしまいました。このままおじさんとおばさんの家の子どもになってしまう気がしたからです。

 その晩、念願かなってあさこは一人部屋のベッドで寝ることができました。しかし、知らない場所で、たった一人で寝るのは初めてだったので、あさこはとても心細くなってしまいした。なにか違うことを考えようとしても、集中できません。

 あさこは、とうとうポロポロと涙を流して泣き出してしまいました。あさこが、家から持ってきたタオルで顔をぬぐうと、お母さんの匂いがしました。

 あさこは、タオルを抱きしめて眠りにつきました。

 

 それから、弟と妹の熱も下がり、お父さんが帰ってくるまで、3日間おじさんとおばさんの家にいました。

 家に帰って、あさこはお父さんとお母さんに抱きしめられました。二人とも「偉かったね」と沢山褒めて頭を撫でてくれました。

 その夜、みんなでケーキを食べました。